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村ぶしん

 投稿者:夏 圭一郎  投稿日:2009年 3月25日(水)15時56分13秒
返信・引用
 


 近江の山奥にある私の生まれた萱尾村は、四方を高い山に囲まれたていた。二十五戸あ
った村は、鈴鹿山脈に源を発する、愛知川上流の岸辺に、ひっそりと細長く点在していた。
萱尾という村名の起こりは、昔から茅がよく自生するところから由来したものである。

秋は、山一面に生育した茅が、大人の背丈より長く伸びる。十一月になると、村人が茅の
生い茂るゼンマイの山に集まり、茅を刈り採る作業が始まるのである。村人たちはこれを
『村ぶしん』と呼んでいた。

 私の子供のころ村ぶしんのある度に、祖母が、人出を雇い代理を立てた。それは村で暮
らすうえで最低の義務であり、掟であった。
  村人が集まって刈り採った茅は、毎年順番に村の家々配分された。茅の当たった家では、
春の来るのを待って、痛んだ茅葺き屋根を葺き替えるのである。

私が子供のころ、楽しかった想い出のひとつに、毎年行われる『茅降ろし』があった。
鈴鹿山が白い綿帽子をかぶり、近くの山、日本コバに初冠雪が観られるころ、山から茅が
降ろされる。それを観ることは、村の子供たちの楽しい年末行事のひとつであった。

 私は、木綿絣の着物に綿入れの半纏を重ねて着ていた。霜焼けで紫色にはれた手を、懐
に突っ込み、水鼻を垂らしながら、茅が降りてくるのを見上げていた。
時折、山から吹き降ろす雪やみぞれが、見上げている私の霜焼けした頬を容赦なく叩いた。
 茅は大きな束に縛られ、ゼンマイの山から鉄線にワッシャを掛けて降ろされる。

「茅を降ろすぞー」
 山の上から若者が叫ぶ声が山間にこだまする。それを合図に茅が降りてくる。
 茅が降りてくるとき、花火のような火花が散る。シュルルーッと、心地よい音が響く。
「ドン」茅は、二分余り時間をかけて弾丸のような勢いで降りてくる。山の上では豆粒ほ
どに見える束は、やがて大岩の根に叩きつけられる。まるで立体映画を観ているようだ。

 日暮れになって茅降ろしが終わるころ、天を焦がすような焚き火か焚かれる。
 赤々と燃える大きな焚き火を、人々が二重に三重に取り巻いていた。その暖かさで、
躰中の血が沸騰するのではないかと思った。

 仕事を終えた若者は手に一升瓶を持って、大人たちの茶碗に、酒を注ぎ回るのである。
 やがて、焚き火の中にくべられていた薩摩芋が、周りの子供たちに配られる。
「芋をもろたら足元の明るいうちに帰えれや」

 焼き芋をもらった私は、冷えきった掌をしばらく暖めてから灰を払って懐に入れた。
 鈴鹿山のてっぺんから、まるで狼の遠吠えんも似た山鳴りが聞こえる。
 私と祖母と二人だけの正月が、すぐそこまできていた。


                  終わり




                       第4回難波利三・ふるさと文芸賞入選





 

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