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初代 豊島龍山は本名を太郎吉(たろきち)、二代目は数次郎(かずじろう、36歳で病死)といいます。この二代目が天才なのです。43歳という若さで夭逝した宮松影水を凌ぐ若さで亡くなりました。 そしてその駒作りにおいても影水を凌ぐ天才でした。

数次郎は15~6歳から36歳までの間の約20年ほどに渡り駒作りをしたと思われます。最初のころは繊細で知的な印象の駒を作りました。わたしはそれらの駒を「初期龍山」と呼んでいます。そして全盛期にはこの清定のような力強く自信に満ちた駒を作るようになったのです。
このような駒を観て皆さんはどう思われるのでしょう。技量も抜群、漆の迫力も満点。わたしもその技と迫力に魅了されました。しかしわたしが最も注目したのはそのような点ではありません。この作品の絵としての美しさなのです。数次郎には「絶対美感」が備わっていたのでしょう。初期龍山を観ても控えめながらその事実が伺えるのです。
そしてこの清定にはオリジナリティ(Originality)があります。わたしが考えるところの芸術の定義(正確には部分集合)は「独創的哲学表現」というものです。優れた芸術には哲学があり、独創性(つまりオリジナリティ)が求められます。つまり、この清定は芸術性を内包します。
ところで、初代龍山の作品は技量の上でも表現力の上でも数次郎に劣ります。しかし企画者としての天才であり、奥野一香を凌ぐ素晴らしいプロデューサーであったわけです。
また、龍山作には複数の職人が携わったようであり、現在でも金井静山による龍山銘の作品が散見されます。静山は龍山亡き後も龍山が残した駒木地を使って豊島家の生活のためにも、ある期間に渡り龍山銘の作品を作ったと思われます。
さて、作品に戻りますが、この作品は字母紙のチカラなど借りてはいません。もちろん字母紙は使ったのでしょうがそのようなことをいっているのではありません。字母紙に正確・精密に沿って盛り上げてはいないのです。それなのにこの美しさ。それは数次郎の持つ絶対美感と天才的技量によって成し遂げられているのです。
銘駒図鑑 宮田梅水
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