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  • [17]
  • 作品評(2019年8月号)

  • 投稿者:大島 健志
  • 投稿日:2020年 3月 1日(日)19時45分45秒
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  • 返信
 
「誠実」とか
「真剣」とかは
重いのかもしれない
捨てている人を
たまに見る

永田和美
9p.

 誠実さや真剣さを大事にして生きることは、確かに大切ではあるが、そうしていると自分に正直で居られる反面、誰かの些細な言葉に傷付きやすかったりする。それならば、「建前」や「体裁」を前面に出して生きるほうが、剥き出しの自分を触られることがない分、傷付きにくかったりする。たまに見る、どころか日常生活上では、「誠実」や「真剣」を捨てている人のほうが大半ではないだろうか。だが、大切な人や場面に直面した、ここぞという時であれば、話は別である。普段は引っ込めていてもいい「誠実」や「真剣」も必ず必要となる場面がある。そんなことを感じさせていただいたお歌。


教室に入れない子の
描く漫画を
黙って見ている
わたしも
寂しかった

小原淳子
10p.

 「教室に入れない子」へのあたたかな視線が感じられる。単なる共感ではなく、その子とかつての作者ご自身とを重ねられているかのよう。慰めや励ましの言葉をかけるのではなく、「黙って見ている」というスタンスが良い。そこからご自身の感情を吐露されている四、五行目が秀逸。こういう心持ちの大人がそばに居てくれるだけで、「教室に入れない子」はどれだけ救われていることだろう。


人に優しく
なりすぎた
社会に
馴染めない
私の優しさ

荒木雄久輝
14p.

 さりげない皮肉の効いた名作だと思う。「人に優しくなりすぎた社会」という表現で、パッと浮かんだのは「順位をつけない運動会」や「全員が主役の学芸会」など学校関係のことだが、こうした優しすぎる配慮は、本来ならばその場で主役となれる子の輝ける機会を奪うだけでなく、主役になれなかった大勢の子たちが、「じゃあ自分が主役となれる場所や機会はどこなのか」と自問自答するための契機をも奪ってしまっているという点で、子供たちを逆にスポイルしてしまっていると思う。成長は挫折や軋轢から生まれるのであって、生ぬるく弛緩した空気から生まれる訳では無いのではないか。作者の考える優しさというものをぜひ伺ってみたい。


私はたい焼き
型から漏れないように
がんばった
最近の人気は
外のカリカリ

山崎 光
24p.

 往年の名曲『およげ!たいやきくん』を彷彿とさせる。型に嵌まった人間としての比喩がたい焼きというのが面白い。せっかく努力して型に嵌まったのに、持て囃されるのは外のカリカリだという。「個性を大切に」と言いながら、型に嵌めようとする教育への皮肉も見て取れる。しかも人気があるのは、あくまで「外側」「外見」であって、肝心な自分の餡子の部分、つまり「内面」を評価して貰えないことへのフラストレーションも感じる。一見面白いお歌のようだが、読み解くほどに苦悩のようなものが感じられる味わい深いお歌だ。


悪い時代だからこそ
気高くと
きっぱり
娘に
諭される

西垣一川
26p.

 娘さんとの良い信頼関係が伝わってくる。悪い時代に流されるのは簡単だが、それを是としない誇り高さ。損得勘定だけを考えれば、時代に乗った方が良い面もあるのだろうが、目先の損得よりも大切なものがあることを作者や娘さんは知っているのだろう。正直なところ、悪い時代に流されまくっている筆者であるが、このお歌を目にして心が洗われる思いがした。


枝は
幹を育てる
人は
自分のうたで
育っている

中野忠彦
30p.

 枝は幹から生えるものなのに、「枝が幹を育てる」という表現が意外で目を引いた。だが、よく考えれば確かに、伸びた枝葉が太陽の光を浴びて光合成を起こし、その栄養を幹に還元しているわけで、実に的を射た表現である。そこから、人とうたとの関係へ飛躍させた三~五行目が素晴らしい。うたを書くことは自分と向き合うという面もあり、そのことが自分を成長させてくれるということは、実感として確かにある。自分の中に大事にしまっておきたいタイプのお歌である。


出れば

出なければ
悔い
たんこぶ覚悟

山碧木 星
32p.

 言葉遊びのようでいて、自らを鼓舞しているようでいて、実は大事なことを言っているような、軽妙さが心に残る。何かを表現すれば、批判を受けたり、叩かれたりということは避けられない。かといって、表現したいものを抱えながら、それを表現しないままでいるのも後悔が残る。「たんこぶ」という絶妙に可愛くて、絶妙に脱力しているワードを持ってきた五行目が秀逸。大好きなお歌である。


つまりは
引き受けるしかないのだ
それぞれの
比較しようもない
痛みというもの

伊東柚月
93p.

 一、二行目の導入から、グッと読み手の心を掴んでくれ、後半で皆が納得できるまとめ方をしている、格好の良いお歌である。この場合の痛みというのは、恐らく身体的なものではなく、精神的なもの(=心の痛み)を指すものとして読ませていただいた。よく、悩みを抱えている人に対しての陳腐な励ましの言葉として、「アフリカの飢えた貧しい子供たちに比べれば、今のあなたはご飯も食べられて温かい布団で寝られるんだから恵まれている」などと言われたりする。確かに一理はある励ましだが、個人的にはこの手の励ましは大嫌い。いつの時代にもその時代を生きる人間なりの悩みや痛みがあるもので、一様に他の国や時代と比べられるものでは無い。そもそも、「かわいそうな状況」の代名詞として引き合いに出されるアフリカの子供たちに失礼というもの。少し話が逸れてしまったが、結局はこのお歌が言うとおり、自分オリジナルの痛みと向き合い、引き受けるしかないのだと思う。他人との比較から解決のヒントは貰えるかもしれないが、決して答えはそこにはない気がする。


思いっきり
派手なメガネ
少し気が引けた
だあれも
気が付かない

山田逸子
100p.

 身に覚えがあることを上手にお歌にされていて、惹かれた。身に付けるものや髪型を変えたときなど、自分にとっては大きな冒険であるが、周りの反応が無かったりすると、ガッカリするもの。勇気を出して選んだメガネなのに、誰からも何も言って貰えず、そもそもメガネを変えたことにも気付いて貰えない落胆ぶりと、メガネを選んだときの自分の逡巡ぶりが少し恥ずかしくなってくる様子が伝わってくる。しかも、ここから先は邪推かもしれないが、「他人から見れば所詮自分も他人のうちの一人なんだから、自意識過剰にならずに堂々と自己主張すればよい」というような前向きなメッセージも感じられるところが好きだ。


云いたいことは
わかってる
わかってるけど
泣き止むまで
体温をちょうだい

稲本 英
146p.

 ストレートな表現に惹かれた。相手の意図を汲むことができるくらいには冷静であるが、それでも泣き止むために、相手の体温を必要としているというところがいい。自分の強さと弱さを充分に把握し、分別をもった大人にしか書けないお歌だと思う。シチュエーションや背景をあえて省いて「あなたを必要としている」という点にフォーカスを絞ったところが、色々な想像を膨らませられる余地を残し、訴求力のある作品になっている。


花を生け
香をたく
供養とは
残されたものへの
いたわり

井椎しづく
194p.

 作者ご自身に起こったことを知っている身としては、弔意を感じつつ、大いに共感したお歌。近しい肉親を亡くされた時のお歌だろう。故人への供養が、故人のためではなく、むしろ残されたものへのいたわりであると詠われている。儀式とか供養というものの本質を言い当てていると思う。宗派は違えど、聖歌やお経の類いも唱えるものの精神を平静に保つためのものであろうし、上手く泣けない人にとっては、泣くことの代償行為として、それらが機能している面もあるだろう。祈りも、弔いも、本質的には残されたものの心の平穏のためのものであり、「故人のいない明日」を生き抜くための一つの区切りを設けるためのものであろう。大切なことに気付かせてくれたお歌だ。


(了)


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