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  • [24]
  • 作品評(2020年2月号)

  • 投稿者:大島 健志
  • 投稿日:2020年 8月22日(土)15時07分55秒
  • 110-232-30-121.fnnr.j-cnet.jp
  • 返信
 
こころ
と呟くと
心のこえに
耳は
傾く

水源 純
9p.

 「Hey, Siri」や「OK, Google」といった音声で起動するスマートスピーカーを連想した。作者は「こころ」と呟くことにより、自分の心のこえに耳を傾けることができるのだという。これは一種のおまじないのようなものだろうか。本当にこんな能力があるのなら、とても便利だと思う。判断に迷ったとき、悩んでいるときに、もう1人の自分の声を聴くことができる。そうした声を必要とする場面は案外たくさんあるのではないか。そんなことを感じさせてくれたお歌だった。


暮れの
大掃除のように
十二月に
俺を捨てる


よしだ野々
10p.

 恋人との別離はただでさえ辛いものだが、よりによって十二月というのはクリスマスや年末など「誰かと集まって楽しく過ごす」予定が多い時期なだけに、余計に辛い。「大掃除のように」という比喩がまた効果的だ。捨てられた男の悲哀がよく伝わるが、どこか転んでもただで起きないような、力強さ・たくましさのようなものも感じられ、そこがすごく好みだった。


孤独の表面が
曇ってきたので
夜更け
静かな色の布で
磨いています

南野薔子
13p.

 これは傑作だと思う。使われている言葉がどれも的確で効果的。作者にとっての「孤独」は、「透き通っているもの」であり、同時に「大事なもの」であるのだろう。自分の孤独としっかり向き合い、またそれを慈しんでいる人にしか、こういう歌は書けないのではないか。「静かな色の布」という表現がものすごく好き。


なんか
いいなあー
君がそこにいるだけで
なんか
いい

野村久子
50p.

 言われてみたい台詞である。美辞麗句を並べ立てた褒め言葉より、「なんかいい」という言葉が何より嬉しい場合もある。しかも何かをしたり、言ったりといった「行動」を褒めているのではなく、「そこにいるだけ」という「存在」そのものの肯定である。ある意味、究極の褒め言葉ではないだろうか。もちろん言ってくれた方との関係性にもよるだろうけど。


自分が
気持ちいいときは
たいてい
失敗している
と思っていい

神島宏子
80p.

 わかる、わかる、と大げさに頷いてしまう。自分が気持ちよく喋ったりしているときは、相手は意外と飽き飽きしてそれを聞いていたりして、基本的に出し手と受け手の「気持ちよさ」が合致することはあまりないと思っている。自分が「たまに」楽しいのは健康的だが、自分ばっかりが楽しいのはどこかバランスを欠いていると思った方が良い。大事な戒めを教えてくれるお歌だ。


横たわる
小さくなった
躰の脇で
ウタをメモする
ショーマストゴーオン

西條詩珠
113p.

 特集「おっちゃん」より。亡くなられた泊舟さんのことを詠ったお歌であろう。なきがらの横で、五行歌づくりをしているという、何とも生々しい迫力のあるお歌。「ショーマストゴーオン」という言い回しが好きだ。何が何でも、どんなことでも、歌を書き続けてやろうという、作者の執念のような気魄が伝わる。


芯からわたしに
足りぬものは
金でしか
買えない
自由なのだ

金沢詩乃
211p.

 金でしか買えない自由とは何だろう、と考えさせられた。自由とは束縛されていない状態のことであろうから、金のために束縛されているとすれば、一番に思いつくのは労働だろうか。作者は仕事に忙殺されており、自分のために使う時間が足りないのだと推察した。「金でも買えない自由」であれば、少々陳腐であるが、「金でしか買えない自由」というのが新鮮。不思議な説得力がある。


えらい
えらい
仕事をする
姿を見ると
みんなえらい

中野忠彦
222p.

 ほんとうにそう思います。働くのは大変。みんなお疲れ様です、という気分になる。作者はもしかしたら、もう仕事をリタイアされているのかもしれないと思ったりもしたが、仕事をしている方への敬意を忘れない姿勢に好感を持った。みんな色々なものと折り合いを付けて、働いている。この歌のような気持ちを忘れずにいたい。


支えた夫が転(こ)くれば
私も転くる
手を引き上げれど
共に又転くる
かじかむ夜ふけ

矢野キヨ子
250p.

 ご夫婦の姿を想像して温かい気持ちになった。歩くときも転ぶときも一蓮托生。綺麗事だけではないお二人の絆を感じた。ハートウォーミングなお歌のようにも読めるが、五行目の「かじかむ夜ふけ」から、どこか心許なさや不安感も想起させる。味わい深いお歌だと思う。


しょうがの漬物が
美味であった
茶にあうだろうと
思う私
十七才

長谷紗弥香
259p.

 若い作者と、しょうがの漬物との取り合わせが面白い。渋好みの自分を自分で面白がっているかのようで、そこが逆に若さを引き立てていて、読後感がさわやかだ。「美味であった」という言い方や「お茶」ではなく「茶」と言うところも仰々しさが感じられてよい。


昔読んだ本に
意味不明の
アンダーライン
当時の自分が
理解できない

としお
261p.

 あるある!と共感してしまった。受験勉強で読んだ本など、今見ると全然重要じゃない箇所に蛍光ペンでマークしてあったりする。たいていそういう本は当時の自分にはちょっと難しめな本であったりして、カタチだけでも理解した気になりたかったのか、一生懸命さが空回りしていたのか、どことなく微笑ましい気分にさせてくれるお歌だった。


「お笑い番組は
くだらないね」
と言いながら
二人で笑ってしまう
たいせつな時間

黒乃響子
308p.

 なぜ「くだらない」と批判を受けつつも、お笑い番組がこの世からなくならないのか、その理由がわかるようなお歌。ドキュメンタリーやニュース番組ではなし得ない、「たいせつな時間」をつくる力がお笑い番組には確かにあるのだと思う。良いお笑い番組を見ると、ふっと肩の力が抜けて、悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなるような、前向きな気持ちになれる。それは現実から目を逸らす、気休めやガス抜きのようなものかもしれないが、心を整えるという点においては、他の難しい番組よりも、お笑い番組の方が原始的で強い力を持っているように思う。歌の中の「二人」というのがどのような関係かはわからないが、たいせつな人との時間のお供には、テレビからネットへと媒体は変わるのかもしれないが、お笑い的な要素のある番組があり続けるのではないか。


(了)


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